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もっちブログ

【ラダック2010】カルドン・ラ(5602m)を超えて、ヌブラへ

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8月13日、乗り合いタクシーでヌブラ谷へ向かう。ヌブラは地理的には「ラダック」地方から外れ、さらに北のパキスタンと中国の国境近くまで行くことになる。地球の歩き方には載っていない、辺境の地だ。ジープをチャーターすると3000Rs以上するヌブラへの旅も、ローカルバスか(ローカルバスは3日に1回しか運行していないのだけれども)乗り合いジープなら300Rs〜から行ける。車で5時間の道のり。途中、世界で一番高い峠「カルドン・ラ」を超える。

何から何までお世話になっている(食事までほとんどおごってもらってしまった)友人Tenzinに「ヌブラはいいところだよ。気をつけて行ってきな」と見送られるかと思った瞬間、彼も車に乗り込んできて、「さあヌブラへ行こう」と、なんと3日間の旅にまで同行してもらうことになった。ホント,彼にはお世話になった。ありがとう。(ヌブラでは英語が余り通じなかったので,彼が来てくれたことは本当にありがたかった)

レーを出て2時間、くねくねの道を登っていく。3500メートルから、4000メートル、5000メートルと標高を高めていく。途中見下ろす村の緑の景色は、綺麗だった。

標高5000メートルを超えると、雪が見え始める。車の窓から入り込んでくる空気も,冷たくなる。そして酸素がだんだん薄くなってくる。

レーを出発して2時間、カルドン・ラ峠についた。標高5602メートル。世界で一番高い峠だ。
僕はサンダル、半ズボンとTシャツに薄手のカーディガンという格好で外に出たのだが,やっぱり寒くて死にそうだった(笑)

これまでの人生で訪れた最高地。富士山よりさらに2000メートル高い。もちろん酸素がほとんど無い。心拍数は限りなく上がる。足が重い。初めての体験だった。調子に乗ってはしゃいで歩いていると、アキレス腱の近くが「ピリピリ」と言い始めた。ひどい頭痛がする。体中のあらゆる血管が膨張しているのが分かる。10分ほどしてから車に戻った。

カルドン・ラを超え、今度は下りになる。しばらくすると,緑豊かな村が見えてくる。カルドン村だ。

それからシャヨク川とヌブラ川が見える。砂漠もある。途中、チャリダーともすれ違った。この5602メートルをチャリで超える大人の遊び。興奮。ここは自転車で訪れることのできる、世界最高地だ。

いつかチャリで来よう、と思った。

【ラダック2010】シェイ、ティクセ

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洪水の影響でバスが数日間運休だったために、今回は車をチャーターしてシェイとティクセに行ってきた。2年前と同じコースになるが、一緒にインドに来た友達に見せたい景色だったから、行くことにした。

シェイゴンパに登る。標高3500メートルで登る階段は息が切れる。心拍数もかなり上がる。

犬が気持よさそうに寝ているくらい、ぽかぽかしたいい天気だった。が、あとから曇ってきた。

ティクセゴンパ。晴れていたらいい写真が撮れたのに、曇りだったのが非常に残念だった。

ティクセの上からの長めは本当に綺麗だ。

帰りは,一緒についてきてくれたTenzinらと車の中で折り紙をして遊んだ。作った折り鶴は,いまでも大切に保管してる。

【ラダック2010】レーでの日々

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レーには8月10日〜12日と、16日、17日に計5泊、滞在した。
13日〜15日はヌブラ谷に行っていたけど、その記事はあとで書くとしよう。

8月12日はレーの僧院で集会が行われ、多くの人々が集まった。

洪水発生から1週間となった今日、犠牲となった200名以上の人々へ祈りを捧げる儀式に参列し、
その後はチャイや食事が振舞われた。

夜、宿のキッチンを覗くとおじさんが、カレーをつくっていた。「おいしそう!」と話かけてみるも、英語があまり話せないみたいで、基本的に無愛想。でもたまに、何かの拍子で笑顔になるのが分かって、どうにかこのおじさんを笑わせようとしたものだった。

チャパティーを焼いてくれる。こうして直火で焼くらしい。綺麗に膨らんでいた。「食べたいな、食べたいな」って駄々をこねてたら、たっぷりバターを塗って、カレーと一緒にくれた。ありがとうおじさん。

表情は・・・怖い。ハリウッドで俳優になれそうだ。笑。「何歳?」って聞いたら「32歳」って答えた。謎多きおじさんだ。

GESMOレストランでの朝食。2年前もそうだが、今回、朝ごはんはほとんどGESMOで食べた。滞在中5〜6回はお世話になったと思う。ここの朝食は美味しい。オムレットが特に好きなんだ。ハニーも美味しい。この店は、ラダック人というよりも、ネパールから出稼ぎにきている10代〜20代の若い青年がお店を切り盛りしてる。だから同世代の僕らには気さくに話しかけてくれて、楽しい時間を過ごせた。

ふたりともネパール人(20歳)で、よく話してくれた。夏の間だけラダックに出稼ぎに来ている。

ラダッキのアンモと、チベット人のお母さん。2年前に訪れたときこの2人に出会って、寒くて震えてる僕を見て、温かいチャイをくれた。本当に嬉しかった。お母さんには子供がいて、2年前は小さくて抱かれてたんだけど、今は一人で走りまわってるほどに。2年経って、子供が大きくなるのを見るとなんだか微笑ましかった。これからラダックを訪れるたびに、この子の成長を楽しみにできる。

レー滞在の最終日、髪を切りにいった。僕の写真はないけど、かなりショートに切ってもらった。おかげでもみあげがスパッと切られてしまったけど、100ルピーでさっぱり出来てよかった。GESMOレストランの隣にあるこの理髪店、人気のお店(?)らしく、いつも行列ができている。あれは客なのか井戸端会議なのか。

最終日に宿で出会った二人。インドのニュース番組「DDニュース」のカメラマンとレポーターで、今回のラダックの取材のためにきているとのことだった。パナソニック製の大きなカメラと、放送前の未編集映像を見せてくれた。右がレポーターで、確かにテレビに出ている有名人。放送前の映像を見せていいのか?とか思いながらも、彼のマシンガントークに2時間くらい耳を傾けていた。

最終日にGESMOで食べたChiken Sizzler. 熱々の鉄板に載せられて,ジュージューと心地良い音を出しながら出てくる。

レー滞在の最終日(8/16)の夜、ラダックに長期滞在されており『ラダックの風息 – 空の果てで暮らした日々』著者の山本高樹さん(写真右から2番目)と一緒に食事をした。僕がもともと2年前にラダックを知り、行ったのも、山本高樹さんのブログを見た影響だ。彼とは日本では2度ほどお会いしたことがあったけど、ラダックで会うのは初めてだった。彼は洪水の時はカルナクでトレッキングをしていたそうで、豪雨で死ぬかと思ったよ、と話してくれた。

彼の著書『ラダックの風息 – 空の果てで暮らした日々』は、ラダックで暮らした日々がまとめられている。ラダックに興味を持った人は、ぜひ読んでもらいたい! また山本高樹さんのラダック滞在記ブログ『Days in ladakh』もあわせて読んでもらえたらと思う。

レーからデリーへの帰路(8/17)、朝の飛行機は、フライトが4時間も遅れた。あの何も無いレー空港で過ごす4時間は,とてもとても長い。

レーでの日々は,こんな感じだ。

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