mocchiblog.com

鶴田浩之の個人ブログ
Labit Inc. founder / Keio Univ, Masui InterfaceTechnology Lab.
Web Application Director, Engineer(Ruby & Ruby on Rails, AngularJS.. etc), Designer and Photographer

Page 2 of 61

2016 – 2017

 相変わらず冬は苦手なものですから、最近の年末年始はもっぱら地元九州なんかには帰らず、暖かいところに行くようにしている。2年前にはニュージーランドを旅し、美しい南島のクイーンズタウンからローカルバスを12時間以上かけて北上した。映画「ロード・オブ・ザ・リング」と同じ景色が、左右の窓から何時間も続いていくバスの旅。年越しはTwizelという小さな町の、小さなモーテルの小さな部屋で静かに迎えた。日本より4時間ほど早い年越しだ。Twizelは、映画「ホビット 決戦のゆくえ」の港町のロケ地である湖とほど近く、撮影クルーが滞在した町ということだった。モーテルの玄関には、オークの人形があって奇妙だった。

 昨年もまた、ニュージーランドの北島・パイヒアという港町を訪ねて、締め切りが迫る卒論の執筆のため数日を過ごした。もっぱら毎日ワインを飲んでいたこと、オークランドではカジノに夢中だったので卒論は一向に進まなかったのだけれど。このときは人生で初めて年越しフライトを経験し、北半球から南半球へ向かう機内で、ニュージーランド人の機長から新しい年を告げられた。いつからだろうか。年越しの瞬間をとくに気にしなくなったのは。子供の頃から最近までは、年末の特番を見ながら、一緒に3,2,1と心で時を数えていたはずなのに。 ─ おそらく、ガキ使を見るようになった頃からだろう。あの番組の一番のシュールなところは、年越しの瞬間で他局が盛大にお祝いしているにも関わらず、何のアナウンスもなく浜田の尻にケツバットして番組が続けられている点である。いつしか年が越していて記念もあったものではない。

 これは半分冗談だが、たぶん、いつの間にか大人になったってことなんだろう。

 人間の文明が作りだした暦という束縛さえ取り払ってしまえば、人はもっと自由になれると思う。ハイシーズンにも関わらず、元旦だけ航空券が安いのは需要が一時的に減るからだろう。旅館やホテルと違って、1月1日の航空券は2週間前の予約でもそこそこ安く手配できる。おそらく多数の方は、元旦に移動なんてしたくないと思うかもしれない。僕は少数派のほうだ。そういうわけで、今年の年末年始も暖かい場所として、石垣島を選んだ。6度か7度目の訪問で、前回は石垣島トライアスロン大会に出場した4月だった。12月28日に出発し、1月1日のフライトで東京に戻る、羽田と石垣の直行便での4泊5日。貯まっていたANAの2万4000マイルを消費するのに躊躇はなかった。AM6:20。ボーイング787機が朝焼けとともに高度を上げ始め、定刻より少し遅れて出発した。ベルト着用サインが消え、朝焼けが朝日に変わる頃、空の水平線を眺めながらこの文章を書きはじめた。

grey 2016   2017

12月31日に訪れた2度目の川平湾(石垣島) 3日曇天日和が続き、大晦日と元旦は晴天にめぐまれた。

 

2016年を振り返ると、悪くない1年だったと思う

 2016年は、その途中はとても息苦しかったこともあったけど、いま振り返ってみると良い年だったと思う。困難もあったが、周囲の人たちのエネルギー(応援などではなく、その人たちがただ居るだけで発しているエネルギー)のおかげで、新しいことに挑戦し続けることができた。僕が20歳から経営しているLabit Inc.では、1年間で社員とアルバイトを25名以上新たに迎えて、新しいスマートフォン向けアプリを事業としてスタートさせ、また渋谷に書店とコーヒースタンドのお店をオープンした。この文章を書くまですっかり忘れていたが、そういえば春には6年半在籍した慶應義塾大学も無事に卒業した。まあ悪くない1年だったと言える。

grey 2016   2017

2016年6月にオープンさせた「BOOK LAB TOKYO」道玄坂の途中にあります。現在は夕方頃から満席になることも。「つくる人を応援する」というコンセプトのもと選書を行っており、古典名著から最新の技術書、デザイン本、自然科学本など、専門書が多数あります。 

grey 2016   2017

コーヒースタンドは、ハンドドリップのほか、ラ・マルゾッコのエスプレッソマシンを使用。これまでに5000杯以上のコーヒーをお客様に提供してきました。 / カフェラテ = 648円

 2016年と2017年を隔てる境目というものがあるとすれば、僕のそれはとても薄くて、断続的なつながりでしかないように感じる。12月31日の次に、いつものように1月1日が来るだけであって、それに記念するような気持ちは、自分の内側からは無かった。だから手帳を新調したり、新たなカレンダーをめくるような気分ではない。きっと誰かが用意してくれたこの先も続く2年間のための、折り返し地点なのだろう。

 Labitで現在提供している、バーコードから出品ができる本だけのフリマアプリ「ブクマ」は、いま最も力を入れていて、多いときで1日に二千冊近くの本が出品されている。12月のトランザクション率など主要KPIは概ね前月比350%増で、今後もその傾向が続くと思う。1人あたりの平均出品数が8点(2016年12月現在)というのは、フリマアプリの中で多い方ではないだろうか。来期のマーケティング予算は期ごとに億単位になると思う。最初に2017年1Qまでに出品数100万冊を確実に達成し、そのあと100倍にスケールさせ、事業の一つの目標である1億冊を目指すための方法を見出していこうと思う。ちなみに、時期を見計らって新刊本も取り扱うつもりである。400円くらいの古本を3-4冊売ったポイント(売上金)を使って、新しく出版される本が買えるようになる。出版業界は1兆4000億円規模(2016年現在)で、毎年右肩下がりの代表的な縮小産業の一つだが、仮にも紙の本の市場規模が今の「半分」になっても大丈夫なように事業計画を練っている。我々の競合は、メルカリでもブックオフでもアマゾンや電子書籍でも無い。人々の読書習慣である。形はどうであれ、編集された書物を読むという習慣である。だからこそ「たくさんの人の、生涯で読む本を増やす。」という事業ミッションを掲げて、ブクマの運営チームは皆「ファーストユーザー(自分たちが一番使いたいからつくる=ドックフーディングとも言える)」として、新刊も中古本も電子書籍も区別せず楽しむような、本好きたちによって事業が営まれている。

grey 2016   2017

 

10.2kg 痩せた、秋の99日間

 2016年は個人的な変化が2つあった。1つ目は成人してからはじめて本格的に減量にチャレンジしたこと。大学に入った頃と比べて、10kg以上も体重が増えていた。前回のトライアスロン石垣レースでは、ウエットスーツはほとんど背中のジッパーが閉まらず、順位も後ろから数番目という面白い結果を出してしまった。これはまずいなと、社内でダイエット宣言し、Withings社のWi-Fi体重計、そしてシンプルなウェアラブルウォッチ「Withings GO」を手首につけはじめた。この150日間ほど、ずっと体重と心拍数、毎日の睡眠時間(そして睡眠の質)、1日の歩数は全てiPhoneアプリに同期されている。めんどくさがり屋の僕にとって、(ほぼ)毎日充電が必要なApple Watchの選択は論外だった。Withings GOは軽くて付けている感覚がなく、電子インクで今日の歩数メーターを表示してくれる。何より完全防水で6ヶ月間も電池が持つものだから、シャワーはもちろん温泉に入るときさえも特に外さず、1ヶ月以上つけっぱなしである。そうやって自分の状況をトラッカーしながら、糖質制限とパーソナルトレーナーをつけた筋力トレーニングの3ヶ月間で、10.2kgの減量に成功した。

 もともと太り過ぎていた体重を、心地よい範囲に戻すには90日あれば十分である。

 糖質制限は1日50g未満を目標に行う。僕は減量期の2ヶ月間は、だいたい35gくらいで推移していた。これはコンビニで売ってる惣菜パン1個分の炭水化物量くらいだ。昼ごはんはサラダチキンとゆで卵と298円のサラダ。夕飯はだいたい肉か魚で、主食は無い。たんぱく質を100g摂取するのは、なかなか大変だった。口に入るものについて気を使い始めると、おのずと自炊が増えたり(魚をグリルで焼いたり、おでんを作ったりする程度だが)、産直品の取り寄せもやったりして、食事制限をしていても、じゅうぶんに美味しかった。いきなりステーキにも何度も通った。筋力トレーニングは週に2回ほど、パーソナルトレーナーと約1時間かけて行う。スクワットやベンチプレスなどお馴染みビッグ3のほか、慢性的に身体が硬い僕にとって非常に有益な、効果的なストレッチをたくさん教えてもらった。

ダイエットのために行ったが、最初に気づいた変化は脳だった。特にトレーニングの日は思考が明晰になり、経営の日々の意思決定や、事業構想やプログラミングといった創造的な活動において多いメリットを感じた。活発になり、活動量も増えたことで良い循環を作れた。

grey 2016   2017

会社の成長を感じた12ヶ月間

 2つ目の変化は、今年入社した多くのメンバーの中に、外国人が3人ほど入社したことによる、経営者としての僕の意識の変化だろうか。2016年5月から3ヶ月間ほど、2人のカナダ人のエンジニア、デザイナーをインターンに迎えて一緒に仕事をした。彼らとはシェアハウスもしていて、日本に滞在しているときは一緒に生活をともにしている。日本語と英語を半々ずつくらいで話すためか、だいぶ英語のリスニングも上達したように思う(もっぱら彼らは汚い言葉を、本当によく使うが)。彼らもまた、日本人と同様に、将来について不安や悩みを持つ青年たちである。しかしながら、普段の明るい振る舞いや、自分の専門領域に対するこだわりと向上心、異国で気高に過ごしている姿を見ていると、本当に元気をもらえるものだ。最初は友達だった韓国人の女の子も、秋からアルバイトとしてジョインし、将来もしかするとエンジニア社員として働くかもしれない。

2017年に向けて

かんたんに今の心境を綴っておきたい。僕は25歳になり、もうすぐ26歳だ。今年は「ブクマ!」への投資を拡大するとともに、新しい事業構想のアプリ「teacha」を夏にローンチする計画を進めている(現在は、チーム全員が「ブクマ」にフォーカスしている)。ditors.は3,000万UU規模までのメディアプラットフォームに育てたい。早くも1月中旬にはReactを用いてフルリニューアルする予定。そして、BOOK LAB TOKYO のブランドと店舗事業をより強化して、コミュニティの場として選んでもらえるように尽くしたい。

昨年のブログの更新頻度が少なかったため、今年は目標として30記事ほどは時間をかけたコラム記事やエッセイ、身辺日記を書きたいと思う。このブログ以外に、もう少しライトな記事を書くための、はてなブログも始めようと思っている。

会社を創業してからというもの、自分が立てる目標というのは、ほとんど会社の目標と同一である。自分の会社というのは、人生そのものであり、一体であるからしょうがない。その目標達成を効率化するために、個人の目標というのが土台にある。

個人は目標というよりも「習慣」を大切にしたい。悪い習慣を絶ち、良い習慣を築き上げたいと思う。同じ時刻に起きる、勉強を続ける、今まで以上にいろんなジャンルの本を読む、体重と健康を維持する、物事に好奇心を持ち続ける、内省する時間をしっかり持ちつつも他者との時間を大切にする。という具合に。

読んでいただ読者のみなさんにとっても、2017年が良い1年でありますように願っています。

【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

かねてからUber Japanのエバンジェリストの一人をやらせていただいているのですが、今日ローンチの新サービス「Uber Eats」のパーティにお邪魔してきてました。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

場所は寺田倉庫。受付をすませると、WALK → HIKYAKU → OKAMOCHI → UberEATSと、日本のトラディショナルな歴史に合わせた印象的なボードがあります。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

超巨大スクリーンにプロジェクションされた映像で、UberEATSのプロモーションビデオが流れています。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

Uber Japan代表執行役員社長の高橋 正巳さんの基調講演

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

UberEATSは、ユーザーとレストランと配達員、3者をつなぐテクノロジー。それぞれに専用アプリが存在する。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

UberEATSによって業績があがったレストランの事例の紹介。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

レストランオーナーにとって、一切負担のないようにビジネスをデザイン。配達するということを全てUberが担うため、レストランは調理・料理に専念することができます。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました! grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

いよいよ 9月29日から東京へ!

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

「東京のニーズに合った新たなサービスを、最新のテクノロジーで」と高橋代表。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

150以上のレストランパートナーでスタート。数百円のランチから、2万円のステーキまで。ディナーの選択肢が広がりますねと。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

後半はDJ TAROさんらを迎えたトークセッションで、実際にデモンストレーション

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

パーティ会場には80台くらいのiPadが各テーブルに置いてあり、そのiPadから食事をオーダーできる疑似体験ができました。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

リビングルームエリア、ピクニックエリア、ビジネスエリアなど、会場内を疑似的に雰囲気分け。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

実際に届いたUberEATSのボックス!残念ながら暗くて、料理の写真は撮影できませんでしたが、すごく美味しかったです。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

クリスピークリームドーナツも参加しています。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!   grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました! grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

お土産に、UberEATSのTシャツとサンクスカード、iPhoneケースをいただきました。

実際にUberEATSを試してみた

Labitのオフィスがある桜丘町からは、ガパオ食堂や代官山パンケーキカフェなどが注文できます。どれも20分から40分程度。

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

なんとワンコインキャンペーンということで、サルヴァトーレ・クオモのLサイズ「マルゲリータ」が500円だったり、チェダーアボカドバーガーが500円だったりとお得です。1ヶ月間。

特典プロモコードを使うと1500円分なので、今月3回までランチが無料です!太っ腹なキャンペーンですね。(Eatsだけに)

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました! grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!  grey 【写真レポート】UberEATSのローンチパーティに行って来ました!

ローンチパーティでは、アラカルトの注文が多かったので「意外と割高では?」と懸念もあったのですが、ちゃんとランチタイムには、500円ー1000円でオーダーできるものがあってよかったです。これまでbento.jpさんにお世話になっていましたが、競合になってしまうのでしょうか。

UberEATSは、今日2016年9月29日、東京の渋谷区・港区のエリアでスタートです。順次エリア拡大予定とのこと。

Uber EATS のプロモコード
「eats-uber-tokyo」
(UberEATSで使える1,500円分のプロモーションコード)

http://ubr.to/EatsGiveGet

16歳で起業して半分レールから外れながらも6年半かけて大学を卒業した話

この話題について流行っているのを何気なく見ていたのだけど、そういや僕も4ヶ月で大学を中退して、起業している!という共通点があったので、久しぶりに腰を据えて便乗してみたい。ただ僕の場合、(法政大学を)中退したあとの2ヶ月後に、上にリンクした記事の @chokudai さんと同じ、慶應義塾大学に入り直すという、まぁ仮面浪人でもあるので、少し語弊はあるかもしれない。そして僕のケースでは16歳の時点ですでに起業していた点が、彼とは異なる。このブログは、批判も交じるが基本的に応援のつもりで書いている。まるで自分の過去を見ているようであるし、応援して減るものはない。

大学在学中(2009.9 – 2016.3)に考えていたことは以下のようなものだ。

  • 私にとって、大学はライフスタイルの一部にすぎない
  • 私にとって、大学は学ぶ場所でも人脈を作る場所でもなく、インスピレーションを得るところ
  • 私にとって、大学を卒業することは大きな親孝行であり、出身高校に対する恩返しである
  • 私にとって、大学の授業で退屈なときこそが、最高のアイデアが出る条件が揃っていた

私にとって、大事なことは環境ではなくて、つねに自分の主体的な選択と行動にあった。あるとき、自分が大学に拘束されている時間を計算してみたら驚愕した。平均的には、90分の授業が週10コマ、20単位。たったの15時間である。自由に使える時間が週100時間と考えたら、大学の机で拘束されている時間は15%程度しかない。高校と比べても少なすぎる。通学時間、独学、レポート、プレゼンの準備、そして研究といったものを加味しても生活に締める割合は20%程度だったので、「大学は自分のライフスタイルの一部(5分の1)」と考え、「大学は自分のプロフィール上の所属にすぎない」と割り切りを覚えた。アカデミアの世界に浸かるつもりはその時点では無かったので、残りの5分の4は何をするか考えていた。98%の人はサークル活動やアルバイト、就職活動に向けて準備しているのだろうが、自分にとっては時間の使い方が、起業家 (含ちょっとしたエンジニア) の生き方を選んだわけである。

やりたいことがあって起業するわけではなかった。その点では彼やけんすうさんと同じだと思う。小学校の卒業文集で、すでに将来の夢は経営者と書いていたから、その職業的スタイルに憧れていたのだ。だから、Labitは実際に、これまで複数の事業テーマでやってきた。

grey 16歳で起業して半分レールから外れながらも6年半かけて大学を卒業した話

そして、最初から大学に対して何かを期待しようという発想がそもそも違うんじゃないかと思う。大学は教育ビジネスである。伝統的な大学も特に変わらなくて、結局のところ受験料・入学金・授業料、そしてOBからの寄附というビジネス組織であるので、そこには所属として乗っかるくらいの気持ちでいい。大学は本質的には、学ぶ場所ではなくて研究する場所(新たな価値や、発見をする場所)。でもそれ言うと、99.7%以上くらいの学生は存在意義がなくなるので、教授の研究の合間に、授業を通して勉強させてもらうってことになっている。僕は、大学はインスピレーションを得る場所として活用させてもらった。そして貧乏実家の親のことを考えると、入学させてもらった以上、卒業までは踏ん張った。

僕の原体験は、13歳頃にあらゆる表現ができるインターネットの可能性に魅入られて、CMSブログで趣味のサイトを立ち上げたり、簡単なWebサービスやプログラミングをかじっていた(当時はPHPとPerlとか触っていた)。12年前の思い出話である。2004年といえば、マーク・ザッカーバーグがFacebookを作っていて、日本ではmixiがオープンした。ニンテンドーDSが発売されて任天堂の株価が上がり、1万円札が福澤諭吉、5千円札が樋口一葉、千円札が野口英世になった年である。

僕がちょうどその頃に運営していたWebサイトは10ドメインくらいあって、CtoCの物々交換ができる掲示板サイトなんかが割りと長く流行り、このブログを除いた個人サイトを全て閉鎖するまで、累計2.5億PVくらい記録していた。当時はマーケティングとかファイナンスの知識も持ち合わせていなかったから、今ほど自分の仕事にレバレッジはかけられなかったけれど、気づくと大体高校3年間で1,000万円くらいキャッシュを稼いでいた。税金を納める必要があり、簿記とFPの勉強(日本国の税金は20種類以上あって、分離課税だとか区分がどうとか、いろいろ勉強になった)をして、父親の扶養を外れ、個人事業主登記を一応して(紙1枚を書いて税務署に提出しただけで、学校の宿題より簡単だった)16歳のときから所得税を納税し始めた。今でこそ税金に愛情なんて無いけれど、当時は子供心に「あぁ、自分は消費税以外で自分の国に税金を納めているんだな」と感慨深かった。実家は九州で、メールで広告掲載の案内が届いた小規模で食ってるWeb広告代理店の人と、この広告枠は月々いくらで〜、とか適当に価格表を作ってリテナー契約したりしていた。18歳未満でも参加できるASPがあればそれも選択した。

稼いだお金で300冊ほど本を買って、もっと勉強した。それ以外には今年まで8年間も愛用することになったCanon 5D MarkIIと、当時unibodyになったばかりのMacbook Pro、そして好きだった音楽とか、東京への行き来、一人で東南アジアバックパッカーとして旅するときに金を使った。ほとんど17歳〜20歳までの2、3年間で散財してしまったが、残りが今の会社の創業資金になっている。僕の高校は偏差値が40以下で、指導する先生がいなかったため独学で大学を目指すのはなかなか大変で、とりあえず高校時代、英語と数学としょだけは目線引き上げて勉強しながら、法政大学に入ることになった。そして、前述したようにちょうど学期が終わる4ヶ月(7月末付)で退学。(※実際は1週間で授業に出ていない) そして9月になって慶應大学SFCに入りなおす。すでに2回落ちていて3度目の挑戦だった。

慶應SFCは、いろいろと批判もされやすい性質の大学だけど、最先端っぽい研究をしていて面白かったし(最先端が何かとか、よく分からないが)、起業家は思ったより少なくて、ものづくりしているクリエイターとか、いわゆる天才(性格は普通)がちらほらいたし、面白かった。ちょうど自分の時期にクックパッド創業者の佐野さんによる寄附授業「起業と経営」っていうのが開講されていたり、くまモンやiDで有名なgdpの水野学さんの「ブランディングデザイン」という授業も履修した。

僕がLabitを創業したのは2011年4月で大学2年生のとき。震災の19日後である。そのときちょうど20歳で、偶然にも講談社から本を出版する機会があった。3.11の夜に作ったprayforjapan.jpのWebサイト書籍化の監修に携わり、全国で約9万部になって発生した約600万円の印税と、サイトでの微々たる広告収益+個人で毎年100万円ずつ、合計800万円くらいを東北3県の自治体に、毎年順番ずつ寄付をした。(印税寄付は2014年で終わったが、その後は毎年3月、何となく個人的に続けている)。余談だけど、少し前にこれ炎上して警察沙汰になり、被疑者20名規模に対して開示請求したりと面倒くさかった。自分の生活や仕事にちゃんと集中したくて、そういう事実無根で他人を攻撃する人たちにかまっていられなかったから、2014年〜2016年はあんまりSNSとかブログに時間を使っていなかった。

18歳〜25歳の大学在学中( @chokudai さんと同じ、慶應義塾大学環境情報学部)の期間は、入学直後の1年生から関わっていたメンター・研究室は、増井俊之先生(日本語予測変換のPOBox、Apple在籍時代にiPhoneの日本語フリック入力インターフェースの開発に従事している)と親しくさせてもらっていた。IoTという言葉がベンチャー界隈やインターネット業界で話題になるずっと前から、研究室ではネットワークに接続したデバイスが沢山あって、電子工作で遊んでいる研究生が数多くいた。研究室のドアは、Android端末の加速度センサーを使ってある動作をするとサーバーと接続したら開くようになっていたし、学生の多くがArduinoやRaspberry piで自分の部屋をセンシングして遊んでて、「実世界インターフェース」というものを身近に感じながら、自分の研究テーマを探した。

大学に入って1年間x2回休学して、ある半年間は、授業料を払ったものの1度も(本当に1度も)行くことができず、そのまま留年した。村井純だって6年かけて卒業したと言っていたので気にしなかった。大学では、生命科学( インターネット!とか起業!ばっかり考えていた僕は、DNAとかゲノム解析の学問について教養を学ぶうちに、その世界の虜になった )の授業を聞いたりしながら、自分の20代の設計を考えたり、自炊の内容を考えたり、ときどき週末つかって海外にふらっと一人で出かけたりしていた。

結局、大学は学部だけで6年半も在籍することになるが、その期間で3つの法人(株式会社,その子会社,個人で経営している合同会社)を立ち上げた。全部合わせて5年間の企業活動としての税引前純利益は、2.8億円くらいにはなっている。広告だけでも4千万円くらいは売り上げていたが、ほとんどは事業や組織を作って、価値を高めてExitしたことである。1つはリクルートグループに事業譲渡し、もう1つは、東大在学中だった友人が創業してマザーズ上場も果たしたGunosyに、分社化させて立ち上げた30人のメディア企業である子会社株式を売却した。現在の自分はというと、まだヒットサービスを出せてない自己評価はウサギのフン以下の未熟者であり、早く年商100億円だったりとか、自分の子供心の野心を反映する一つの指針として、世界1億人が使うサービスを目指していきたい。今でも自己評価10段階中1のところに有る。

起業といっても、中小企業なのか、個人事業主なのか、流行りのスタートアップ形態なのか、リスクマネーを大量に注ぎ込むハイテク系ベンチャー企業なのか、社会的意義にミッションを寄せて世界の一部をより良くしたいのか、捉え方はぜんぜん違う。ブログで月商100万稼ぐのは正直、楽勝である。そして特にカッコよくはない。女の子にモテるかもしれないし、好きなものも買えるかもしれないけど、自分の魂は震えない。

ブログでもでもなんでも良いけれど、世の中の大抵のことは、夢中になればなんだって出来るはずだ。好きこそものの上手なれ、である。毎日、業績(個人収入)が上がることにモチベーションを感じていたら、そしてそれが中心に据えた課題であり続ければ、そりゃ稼げるようになる。無いセンスはスキルでも補えるが、センスや人格を築くこと、インスピレーションを得られる場所として、僕にとって大学というのは価値はあった。僕だって、個人で数十万円くらい稼いで、不労所得で人生楽勝じゃんみたいな時期が、中学生の頃にあった。でも、それは資本主義の中のアリのフンのようなもので、社会に遊ばれているだけに過ぎなかったんだと思う。アリのフンがどういうものか知らないけれど。自分が稼げるということは、その上流にいる誰かはもっと稼いでいるということである。

思えば、今年3月に大学を卒業してやっと半年だ。同じ年に入学した友達は、みんな社会人3年目くらいになって、そろそろ大きなプロジェクトを任されたり、あるいは独立したり、成長し始めたスタートアップに数人目のメンバーとしてジョインしたりしている。ちょっと楽しくなってきたんじゃないの。そして、常につきまとう強迫観念があって、それは焦りだ。起業家の仕事は、世界観を語り、高い目標を掲げて、現在とのギャップを埋めていく作業である。色々な試練があるから、ストレス耐性か、あるいは楽観主義である必要がある。体も鍛えた方がいい。焦りを感じる25歳を過ぎると、運動と瞑想と野菜と動物とのふれあいは、本当に大切である。

僕たちは、マーク・ザッカーバーグでも、エヴァン・スピーゲルでも無いのである。残念である。それは彼もそうだし、多くの人がそうだった。起業家の中退理由として、起業準備のためというのはダサいではないか。自分が好きで始めたものが気づいたら1000万以上の人に支持され、毎月加速度的に伸びており、ちゃんとしたVCが20億円投資したいと申し出てきたり、大学に使う5分の1のリソースさえ捻出できない、っていう状況のときくらいでいい。自分が大学生活に合わなかった、あるいは大学が自分のレベルに合わなかった場合はよくある。だけれども、起業を中退の理由付けにしてはいけない。そういう場合は、僕のように大学を変えてみるのも一つの手である。(留学や、1つ上のランクに来年入り直せばいい)

僕の大学最後の1年間は、友達はみんな卒業しており、入ってくる後輩が1996年生まれとか若すぎィって感じだったし、週に1日だけ、仕事をする合間に一人で大学に通っていて寂しかったのは事実である。それを乗り越えて、尊敬できる先生のもとで論文を書き上げ、学位をもらってよかった。だけど慶應というのは、やっぱり入ったときから出るときまで、田舎者の僕には似合わなかったようで、日吉で行われた卒業式にいったときは、僕だけいつものパーカーの私服でさ。村井純の話を聴きに30分くらい一人ふらっと行って、帰った。

そして長い大学生活が、非常にあっさりと幕を綴じた。思い出として語れる母校が一つ増えるのは悪くないなと思ったよ。次に行くことがあれば、授業のゲストとして呼ばれるときだろう。目標掲げて、仕事を続けて結果を出していけば、いずれそうなるのは分かっている。

grey 16歳で起業して半分レールから外れながらも6年半かけて大学を卒業した話

Author: @mocchicc

« Older posts Newer posts »